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2006.02.10 Friday

藤田元司さんを偲ぶ

藤田元司さんが昨日亡くなった。
享年、74歳、ご冥福を
心よりお祈りする。

藤田さんは私にとって
最も記憶に残る、そして
尊敬する野球人であった。
従って、思い出は尽きない。

孤軍奮闘、巨人の屋台骨を支えた現役時代、
戦った相手のエース達は、
国鉄の金田をはじめ、阪神が小山、村山、大洋が秋山、
パリーグでは稲尾、杉浦、米田、梶本等々
ものすごい顔ぶれであった。



ピンチでも動じない淡々としたプレートさばき、
審判の微妙な判定、味方のエラーにも嫌な顔ひとつしない、
ベンチに戻る姿は常にうつむき加減、
これらから、人は彼の事を
”球界の紳士”、”静かなる男”と評した。

しかしながら、藤田さんほど
義侠心に富んだ人はいない。
曲がった事は大嫌い、
そのためには、不利と分かっても
進んで喧嘩を買ったものである。

慶応の野球部時代、
後輩が他校の運動部員から苛められた知るや否や、
バットを小脇に単身、その合宿所に
殴りこんだのは有名な話である。

そういうときの藤田さんの迫力は凄まじく、
相手を射るが如きの眼光だったという。

なにしろ、あの星野前監督がユニフォーム時代
睨みあって、唯一、目を先にそらした相手が
藤田さんであった。
1980年秋、長嶋監督、事実上の解任!
悪戦苦闘のペナントレース、
何とかAクラスを決めた翌日のことだった。
何故!!!巨人ファンから轟々とした非難の声、
報知新聞の販売部数激減!!
動揺するチームに、あわてるフロント。
こんな時の監督など誰もがやりたくない。

人気ではどうあっても長嶋にはかなわない、
とすれば、勝つしかない!
藤田監督、初年度ペナント優勝、
そして日本一獲得!!

ところが、時の巨人オーナーは
「長嶋の遺産のお陰」と言い放った、
何たる、不見識!。

辞表を叩きつける藤田さん、
慌てふためく正力亨、
このときは、側近のとりなしで
何とか事なきを得たが、
3年契約の延長には頑として首を縦にふらず、
王さんにバトンタッチした。

王さんは元来がスロースターターの男、
プロの初ヒット(ホームラン)が29打席目、
ホームランの量産まで年数を要し、
ダイエー(現ソフトバンク)監督当初は
なかなか成績が上がらず苦労した。

ところが巨人のフロントは
5年で王さんに見切りをつける。

巨人の九連覇ばかりか
プロ野球繁栄の大功労者である
NとOの二人まで解任した巨人フロントの愚挙には
開いた口がふさがらない。

火中の栗を拾った、いや、拾わされたのが
藤田さんである。
この頃より、彼の心臓は大分痛んでいた。
ニトログリセリンをユニフォームのポケットにしまい込み
悲壮の覚悟での出陣である。



そして、初年度ペナントレース優勝!
日本シリーズも3連敗からの4連勝、
近鉄を倒し日本一となった。
その4年後、長嶋カムバックコール高まる中、
静かに、爽やかに巨人の監督を退いた。

巨人の監督のバトンを長嶋より受け王に渡し、
又、王よりバトンを貰い長嶋に引き継ぐ、
まさに藤田さんはONをつなぐ懸け橋だった。

その間の監督在任年数7年間、
ペナントレース優勝4回、日本一2回、
通産勝率5割8分8厘は
川上監督の5割9分1厘に匹敵する。

こんな離れ業を他の誰がやれただろうか。

明日は、藤田さんの現役時代の
エピソードを紹介したい。
コメント
藤田さんの現役時代のエピソード楽しみだな
藤田さんと投げ合った投手はそうそうたるメンバーですね
驚いた。
所で彼は日石に何年いたのですか、もともとプロ志向ではなかった?
  • enzou
  • 2006.02.10 Friday 21:58
日石はたった1年です。そこで彼は大学時代
味わったことのない夏の都市対抗、全国優勝
(日本1)を成し遂げました。

もともと、彼は体力的に自信がなくてプロ入りを
ためらっていました。
そこを、半ば強制的に巨人に引っ張ったのが
慶應の先輩で時の監督、水原さんでした。
そこまでされると、藤田さん嫌だとは
言えなかったのでしょうね。
keura S
  • 2006.02.10 Friday 23:23
巨人監督退陣後の水原さんを追うマスコミをまくための藤田さんの名運転も有名ですね。水原さんが信号が黄色に代わるタイミングで突っ込めという指示を出し追走の車は赤でストップ、日本シリーズの敗戦で印象が薄いですが藤田さんは水原巨人最後の時期の大黒柱でした。
  • 大川
  • 2013.03.10 Sunday 16:33
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